大判例

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東京高等裁判所 昭和26年(う)3131号 判決

原審第四回公判期日に於て窃盗本犯羅錫均を証人として尋問したこと、その後弁護人より同人の再尋問を求めたが却下された後、検察官から右羅錫均の検事に対する供述調書を刑訴第三二一条第一項第二号の証拠として取調請求があつて、弁護人が異議を述べたに拘らず原審は之を採用し証拠調を行つたこと、原判決が右羅錫均の供述調書を他の証拠と共に引用し所論摘示のように被告人の賍物故買事実を判示していることは所論のとおりである。而して所論は右供述調書は刑訴第三二一条第一項第二号に定められたように羅錫均を証人として尋問した際の同人の供述と相反するか若くは実質的に異つた限度に於てのみ証拠能力を有するものであるところ、右供述調書の内容は羅錫均証人尋問の際の供述と相反したり若くは実質的に異る部分が認められないから、原審が之を証拠能力ありとして証拠調をし判決に引用したのは違法であるという。よつて原審第四回公判調書中の羅錫均の供述部分と所論の羅錫均供述調書とを比較対照すると、両者ともに羅錫均が外数名と共に昭和二十三年一月二日と同月七日の二度に向島と葛飾区本田立石町に於て衣類多数を窃取している事実、右賍品を被告人に販売した事実及び被告人がこれを買い受けるに当り該衣類の賍品であることを認識していたと思われる事実について供述している点に於て変りはないのであるが、法廷に於ける供述は、その立会検察官の尋問がいささか粗雑に過ぎた嫌があり、そのため証人としての供述もその表現が簡省略となり、所論のように窃盗被害者の氏名について供述もないし、又被告人の賍物たることの知情の点に関しても「松田が交渉して盗品を被告人に売つたのであるが、その時松田は自分の知人で盗品でも何でも買う人があるからその人に売らうと申していた」とか、或は「被告人からこの品物を何処から持つて来たのか売る関係があるからと聞かれ向島から持つて来たと答えた事やこの近所から持つてきた品だと告げた」旨の供述はあるがこれだけでは、結局同証人が被告人を以て賍物であることを知つていたものと思われた旨証言する具体的資料として適確なものといい得るやを疑はしめる点がないではない。之に反し羅錫均の検事に対する供述調書をみると「増田(前記公判調書中の松田と同一人で、いずれかが誤記であると認める)が同人の知人である被告人が盗品専門に買うからと申して同人等を連れて来た」とか或は「第一回の売買の際山本は何処でアゲて来たのか、場所を教えてくれ、売る都合があるからと申したので私は向島でやつた品物だと答えたが、それは向島の中馬方で盗んで来たことを教えたもので、山本はそれで納得して買つた」旨更に又「第二回目には山本に対し仲間の中の誰かが、近所でやつた品物だから気をつけて売るよう注意していた」旨夫々記載があり、之を前記公判廷の供述と比べてみると、供述内容は同一事項に関するものであるし、そこに使われている言葉も両者殆ど同一又は類似しているのではあるが、検事に対する供述調書に現われているところの方が、一寸した言葉の差異やその供述の順序前後の脈絡工合とも関連し、公判廷に於ける供述とは比較にならぬ程度に綿密詳細であり且何が故に同人が被告人を以て賍物故買犯と考えたかを一々具体的事実を挙げて説明しているのをみても、その信憑力に重大な差異を来すことが認められるのである。このように公判廷に於て尋問が粗雑ではあるが、一応要点に触れて供述を求めていると認められるに拘らず、証人の証言がその表現に於て簡省略でそのためその証言を求めた目的を達し得るやを疑わしめる余地を残すに反し検事に対する供述調書の方は精密であり、その表現自体からしても又前後の関連からしても信憑力に重大な影響を及ぼすような場合には、たとえ、同一事項に亘り同一又は類似の内容をもつているときと雖も、刑事訴訟法第三二一条第一項第二号にいわゆる公判期日において前の供述と実質的に異なつた供述をしたときというのに該当するものと認めるのが相当である。してみると原審が同法条に則つて羅錫均の右供述調書を証拠能力あるものと認めこれを原判決に引用したことは決して違法というべきではない。なお所論中には原判示の窃盗被害者氏名を認定するに前記羅錫均の供述調書以外に証拠はないもののように主張するので、この点につきいささか蛇足を加えるならば、右被害者の氏名の如きは原判決挙示の他の証拠によつても認め得るところで原判決は被害者氏名を判示したことの証拠として挙示する目的だけで右供述調書を引用したものとは認められない。

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